のほほんのブログ

映画と君と

君へ

君のことならなんでもわかる


なんて、そんなこと言うつもりはないけれど、私にはわかるよ。


顔を見なくても、声を聞かなくても、スマホにうつる君の言葉だけで、君が疲れてること。


「疲れてるんじゃない?もうお風呂に入って寝ようね」

私は言う。


そんなとき、私は思い出す。今まで言ったたくさんのワガママを。

「どうして会ってくれないの?」

「どうして連絡してくれないの?」


「君に仕事が大変だとか、そんなこと言いたくないんだ」

私に弱音を言いたくないと言った君。弱音も聞かせてよと言った私。


何年か経って、仕事の話も聞かせてくれるようになった君。

あれ以来、仕事の話、してくれるようになったねと言うと、そうだっけ?って言ってたね。

ちょっとした会話とか、私が着てた服とか、全部おぼえてる君だから、ほんとはおぼえてるんでしょう?


あの頃は、たくさんワガママ言って困らせてごめんね。

これからは、私も君を支えるから。このまま、いつまでも一緒にいようよ。一緒に成長してこうよ。

生宣り

今回は、夏の終わりに書いた、私の父の話の続きを書こうと思います。

こじれてしまった親子関係に悩んでいる人、親からの愛を受けることができなかったことで悩んでいる人へのヒントになりますように。


私の父については、私の過去の記事をご覧ください。


まず、現在の私と父の関係ですが、今は別々に暮らしていて、会わなくなってからもう4年が経ちます。

前回の記事で、今後も会う気はないとも書きました。


これは、憎んでいるからではないのです。

私と父にとって、これがベストだと考えたからです。

暴力や抑圧、恐怖があったあの家でまた生活することは、私には辛く、自分の過ちを全て知ってしまった娘と暮らすことは、父にとって苦しいことでしょう。


憎んでいるからではないと書きましたが、当時はもちろん憎んでいました。死んでしまえばいいのにと思った。でも、この憎しみこそが私達を苦しめるんですよね。


負の感情って、それをエネルギーにできる人もいますけど、私は自分が疲れちゃうんです。もったいないじゃないですか。

許すことも、それなりのエネルギーが必要ですが、負の感情を持ち続けるよりはるかにいいと思うんです。


だからといって簡単に許せるものでもなくて、たくさん父のことを考えました。

父は、サラリーマンである自分だけで精一杯だったんです。

朝早く家を出て、夜遅く家に帰る日々。それらを発散する術が、酒や博打、そして女性だった。


前回の記事に書きましたが、私は父を尊敬もしていました。父は努力家でした。


悪い面と良い面、両方知ること。

そんなこんなで、憎しみは消えていきました。

どこかで許さないと、いつまでも終わらないんです。

上から下へ、許して「あげる」のではなくて、対等な立場で、許すんです。上から下へのそれは、自分を上に置くことで自分を納得させているだけで、許しではないから。

自分もまた誰かに日々許されているわけですしね。


ここまでが憎しみからの解放、許しのお話でした。


そしてもう1つ。

私は、残念ながら父からの愛を受けることができなかったと思っています。でも、だからといってどうこうというのはないんです。

親から愛されなかったから〜。と苦しんでいる人は多いと思います。


たしかに、獲得できなかった愛があることは、残念なことかもしれません。

でも私達は、十分な愛をこれから獲得することができます。

誰かからの愛を獲得できなかったらそれでおしまいじゃないです。


父に愛されなかった自分。自信がなくて、長い間死にたい死にたいと思ってました。だらしない恋愛もたくさんした。


不安で何度も同じ話をする私を、嫌な顔一つせず受け止めてくれる友達。

もっと仲良くなりたいと言ってくれる友達。

笑わせてくれる友達。

家に居場所がなかった私に、ネットに居場所をくれた友達。

死にたいと言えば、私の感性は唯一無二で、それがなくなってしまうのは悲しいと言ってくれたどせい。

結婚してくれなくても、私を産むと言ってくれた、22歳の母。


私は十分に愛されてると、やっと気づけたとき、「父に愛されなかった私」という、自分が自分に貼っていたレッテルは消えました。


私が気づくまで、愛をぶつけ続けてくれた大切な人たちには、感謝してもしきれません。


最後に、前回と同じことを言いますが、生きてください。

祈りの語源は、生宣りだといわれています。生きる宣言です。なにも神様にじゃなくていい。共に祈りましょう。





アメリカンビューティー

こんばんは

今夜は、ツイッターで見かけたチーズコンソメオニオン(?)を食べながらお送りしております。


ベイビードライバーで久々にケビンスペイシーを見たのをきっかけに、2年ぶりにアメリカンビューティーを観ました。


難解な作品というのは数多くありますが、私にとってこのアメリカンビューティーという映画は、その1つです。


2年前に観たときも、ケビンスペイシーがお目当てでした。ソーラバーチも出演していたので、役者に重点を置いて観た気がします。

初っ端からケビンスペイシーが自慰をしていて、ショックだったのを今でもおぼえています笑


ストーリーに関しては、ピンとこなかったんですよね。不思議な、もやっとした感じは残っていたかもしれません。何があの結果を生み出したのか、ラストをどう捉えたらいいのか、わからないことがたくさんあった。


そして今回。

特に何かがわかったわけではないのですが、引っかかった台詞があって。

アンジェラの、「平凡が1番嫌」という台詞。

ああ、わかるなあ〜って。

そして「平凡」というのは、もしかしたらこのお話の1つのキーワードかもしれないとも思いました。


もう1つ引っかかったのが、アンジェラから、娘が恋をしていることを聞いたケビンスペイシーの表情。すごくいい顔をしてますよね!それまで見せなかった柔和な表情。そこまでそれを残しておくところもすごいですが…

この表情と、ラストのケビンスペイシーの台詞。後悔というような印象は受けない。

このラストは、ハッピーエンドでしょうか?バッドエンドでしょうか?今回もラストをどう捉えていいのかはわかりませんでした。


ただ、この映画は、ケビンスペイシーの「大丈夫。いつか理解できる。」という台詞で終わっているんですよね。

理解できる日まで、この映画とは付き合っていくことになりそうです。


それでは今回はこのへんで。


ダンケルク

何年も楽しみにしていた、ノーランの新作、ダンケルクを観ました!
ネタバレを含みますので、予めご了承ください。

また、映画の歴史を塗り替えてしまいましたね、ノーラン。
ノーランはもうちょっと自分が映画界の時代を切り拓いちゃってることを自覚したほうがいいと思います。まじで。

今までは、彼自身が彼を超えていく、という感じでもありましたけど、今回は映画界を変える一石だと思います。

私は、「え、ノーラン新作?絶対おもしろいじゃん。え、ノーランが実話作品やるの?大丈夫なの?」って心配していました。
今までの彼の作品は、いつも現実離れした独創的な世界観をもっていて、それが良さでもありました。インセプションなんかは私が大好きな作品です。ですから、実話作品、現実を描く作品で、その良さが失われてしまうのではないかと思ったのです。無駄な心配でしたけど!!

それでは本編の話にうつりましょう。

まず音!!!!!!!!!
開始すぐに鳴り響く銃声の音が、違うんです!!
私は、戦争映画やアクション映画はあまり観ないので詳しくないのですが、それでもハッキリと違いがわかるくらい。
銃声の音が、前から聞こえていたのが、移動するに従って後ろから聞こえてくるというような音の変化までちゃんとありました。
宣伝でかなり言われている、臨場感、ですよね。スタートからこの臨場感がすごい。そしてこの臨場感が終わりまでずっと続く。こちらも緊張して肩がこるくらい!

そう、今回のこの作品は、まさに体験型の映画なのです。
体験型の実話作品。
今までの実話作品というのは、お話にある程度の脚色をして大体そのまま伝える、という感じだったと思います。
ですから、観る側がその場に溶け込んで、主観ですすんでいくこのダンケルクはやっぱり新しい。

そしてこの作品、なんといっても台詞が少ない。それなのに退屈しない。この舞台と、臨場感で十分なんですよね。

ただ、狙ったであろう1つの台詞に、私はまんまとがっつり心掴まれてしまいました。
それは民間船でのシーン。
失明させた男が、失明させられた男の子は大丈夫かと聞くと、聞かれた男の子は、大丈夫だ、と答えましたね。
本当はその場でつかみかかって、殴ってやりたかったと思います。
それでも、今は救出作戦の途中であること。失明させた男も不安定であること。色々なことを考えて、飲み込んで、彼は大丈夫だと言った。
いい台詞でした。

今私が失明させた男、失明させられた男の子、聞かれた男の子、と書いたように、この作品には名前のない登場人物が多い。私が忘れているというのもあるんですけど…
つまり、英雄はいないんです。
実話作品というのは、1人の英雄のお話。伝記が多かったりしますよね。
英雄がいないお話って難しい。これをやる上で、すごくいいキャスティングだったと思います。
特にマークライランス。彼は民間の船長を演じていますが、彼の素朴でありながらしっかり存在感あるところが、この役をうまく作品に馴染ませている。

失明させた男役のキリアンマーフィーも、不安定で神経質な感じありますよね。

それでトムハーディーね!!!
いっつもノーラン作品で頑張っちゃう!!!!!!いっつも1人で頑張っちゃう!!!めっ😡!!!!!!

トムハーディーの相方役のジャックロウデン、初めて見ましたがかっこいいですね…

そしてケネスブラナー演じるボルトン海軍中佐。ラストめちゃんこかっこいい。

空、陸、海。それぞれの場所で気高く戦う戦士たち。誰か1人をピックアップしないことと、舞台を3つに分けることでその全てを描くことを可能にした。
台詞が少ないなど、受け手に任せている部分も多いけれど、ノーランの巧みな誘導が、受け手がしっかり受け取ることを可能にしている。
頭の中どうなってるのでしょうね…
私がノーラン作品を追っていて楽しいことの1つは、毎回どこに力を入れてきたのかがハッキリわかることです。そして毎回確実に進化していく。

まあまた今後数年、ノーランの新作を首を長〜くして待つことになるわけですが、みんなで一緒に頑張りましょうね…


ベイビードライバー

やっとやっと、ベイビードライバーを観て参りました!


超超超超超超超超超おもしろかったです!!!!本当に!!!!


カーチェイスラ・ラ・ランドとはよく言ったもので…

ミュージカルかと言われたらミュージカルではないかもしれませんが、ラ・ラ・ランド公開時に言われた「ミュージカルが苦手な人も楽しめるミュージカル」というのは、ベイビードライバーの方が向いているかもしれません。


カーチェイス作品は、初めて観たというくらい縁遠いジャンルでしたが、かなり楽しめましたので同じような方も思い切って是非!


ここからはネタバレを含みますので、御覧になってからどうぞ!


とりあえず、ケビン・スペイシーのお話をさせていただいてもよろしいですか?


今回今まで観たことがなかったカーチェイス作品を観ようと思えたのは、彼が出演していたからなのです。

私はケビン・スペイシーという俳優が大好きなのですけれど、今まで1度もスクリーンで見たことはなく、今回やっと見られました!


いい役でしたねえ!!!!

ハウスオブカード感があって、もう完全な悪やな😊と思っていましたけれど、いや〜〜〜〜!!!

最期はかっこよかったですけど、車にめちゃくちゃはねられてましたね、笑っちゃうくらいボンッて。


エンドロールにベイビーがミックスしたケビンスペイシーの「トロかったか?」が使われていて最高でしたね…

サントラあるなら欲しいと思って売店直行したのですが、なかったのでゲットできず。あれは普通におもしろいので絶対欲しいです…


ここからは作品全体のお話ですが、これぞ映画!という感じの映画でした。

音楽、アクション、ハート。全てがぎゅぎゅっと詰め込まれた最高の113分です。

そしてテンポがいい!一瞬も飽きません。

個々のキャラクターもすごくよくて。


バッツ!!!マジで最悪でしたね!

いやらしくていい悪役というか、なんかべっとりしてて。

「無学なやつの経験則に基づくなんちゃらだ」みたいな台詞、気に入ってます。かっこいい!


そしてなによりただただ車と音楽を愛する優しい男の子の主人公ベイビー。

本っっっっっっ当に優しくて。

ジョーを老人ホームに連れて行ったときに、ジョーの自己紹介を録音しておいてあげるんですよね。緊急事態でみせるあの優しさよ!!その優しが後々ベイビー自身を救うことになるわけですが。


私は音楽に疎いのでクイーンくらいしかわからなかったのですが、音楽に詳しい方はもっと楽しめる作品かもしれません!

音楽が最強かっこいいので是非劇場で!公開している劇場が少なく、上映回数も減ってきているのでお早めに!


宣伝になってしまいましたが!マジで!!!最高なので!!!!!!


最高といえばこの後ちょこちょこダンケルクについても書きますのでまたそのときに!






家に居場所がなかった私の話

最近ツイッターで、始業式前後の中高生の自殺の増加に関するツイートをよく見かける。
それらを見て、私も書いてみようと思った。
今の私なら、家に居場所がなかった頃の話をできるような気がした。嵐は去ったのだ。

今私は、母方の祖母の家で暮らしている。去年までは母と弟達も一緒に暮らしていたが、今年弟達の進学を機に実家へと戻った。
父と離れて暮らすようになったのは、中3の夏からだった。それから今まで、私は1度も父に会っていない。今後も会う気はない。

私の父は、優秀な人だった。大学も難関大学を卒業。いつも本を読んでいて、屋根裏部屋には父が読み終えた本が山のようにあった。そして厳しい人で、いわゆる亭主関白であったと思う。
幼い私には、威厳ある父親に見えた。父を尊敬し、たくさんの本を読んだ。父と話をしたくて映画も観た。洋楽も聴いた。

私の両親は、1年に1回位の頻度で、夫婦喧嘩をしていた。それが多いのかはわからない。その度に、母と一緒に祖母の家に行っていた。もはや慣れっ子だった。喧嘩の原因をきちんと聞かされたことはなかった。

それでも成長するにつれて、色々なことがわかるようになった。見えるようになった。
父が私が生まれる前から浮気・不倫を繰り返していたこと。
朝父を起こさなかったからと母のお腹を殴ったこと。
母が作った夕食が気に入らないからとテーブルをひっくり返してめちゃめちゃにしたこと。

最後の喧嘩の原因は、何度目かの不倫だった。母方の祖母も、父方の祖父も家に来て、話し合いをしていた。母が棚に隠していた、父と不倫相手とのプリクラも見た。

毎晩怒鳴り声で目が覚めた。それでも私は、怖くて、知らないふりをしていた。父が暴れだすまでは。

父はエスカレートしていき、母に暴力を振るうようになった。怒鳴り声に加え、ドスンドスンという、父が暴れる音が聞こえるようになった。
そして母が、初めて、子どもの私に助けを求めた。
「次何かあったら、警察よんで」
何も起きなければいいと思った。
それでも次の日の夜、いつものように父は暴れだした。母は私の名前を叫んで、私は両親の寝室にかけて行った。そこでは全裸の父が暴れていた。このとき生まれて初めて、足がすくむという言葉の意味を知った。私はすぐに階段を下りて、受話器をとった。警察に電話するつもりが、頭が真っ白で自宅の番号を押していた。

警察が家に着いたとき、父はもう眠っていた。現行犯でないと、警察は何もできないという。何も、変わらなかった。変わったのは、私が、家族を、警察に通報したということだけだった。

その後も、父は毎晩暴れ続けた。私も髪を引っ張られたり、暴言を吐かれたりした。酒を飲んだ父は、次の日何もおぼえていなかった。

私達には、避難する場所があった。
母も懸命に守ってくれた。
きっともっと厳しい環境にいる人もいるだろう。

家に居場所がない人達は、避難する場所を確保することが難しい。
よそのお家のことだからと、踏み込んで助けに来てくれる人もいない。

近所付き合いをしましょう。それは面倒なことかもしれない。でも何かあってからでは遅いから。自分が助ける側になるのか、助けられる側になるのかはわからないから。

そして渦中にいる子ども達へ。
親に絶望しても、大人に、人間に絶望しないでほしい。無力な自分にも絶望しないでほしい。
ここで人とつながることをやめてしまったら、出会えるはずの素敵な人とも、出会えなくなってしまうから。この世界には、あなたと合う人が必ずいます。あなたが心から愛せる、あなたを心から愛してくれる人が必ず。SNSでもいい。人とつながることを、やめないで。






どせいと7000の音楽


どせいの車には、約7000曲もの音楽がのせられているらしい。


彼は、ランダムで流すと、たまに知らない曲入ってたりするよと笑っていました。


豊かな人だ。好きだな。と思いました。


同時に、自分が情けなく、寂しくなりました。


彼は、1人でも人生を楽しむ術をたくさんもっている。

私にたくさんのものを与えてくれる。


少しだけ、1人でいるよりも私と一緒にいるほうが楽しいと思ってほしい。いや、私がいないと生きられないと思ってほしい。

私は彼になにか与えてこられたのだろうか。


しかし、またその先に、彼の1人でも生きられる、しっかりしていて強いところが好きな私がいました。


沢山の矛盾が丁度善い。